-ISM-
入社5年目、大阪支社コンサルタント兼経営管理本部、田中るか。
初対面でも、まるで家族のような親しみを感じる人柄。
「親しみ」という言葉は田中のために用意されているように思える。
今回はそんな「田中るか」という人を通して、
ぜひアチーブメントで受け継がれるDNAを感じていただきたい。
「恩返し」と「勇気」
田中がたった一度きりの人生で、本当に大切にしたい2つのキーワード。
それが「恩返し」と「勇気」である。
「私は相手が誰であってもその人の人生と真剣に向き合い、
存在理由を共に見つけて自信を高めてもらいたい。絶対にあきらめたくないんです。」
そう田中は語る。
あなたが本当にしたいことは何ですか?
あなたは何に幸せを感じますか?
あなたは何を身につけていきたいですか?
あなたは何を得ていきたいですか?
田中は出会う人々にそう語りかける。
自分は、本当に計り知れない支えのもとで生きてきた。
その感謝をするため、今度は自分が周囲を支える人間になる。
関わる全ての人々の願望を絶対に叶えていきたい。
それが田中の「恩返し」である。
しかし、相手の人生に踏み込んでいくことは決して容易なことではない。
この不況の中で成功なんてできるのだろうか、夢なんて持てないのではないか、
そんな誰しも抱いてしまう気持ちに流されてしまいそうになることだってある。
田中もその例外ではなかった。
「きっと自分は臆病者だと思います。」
しかし、そんなありのままに自分を話す田中の姿勢からは、
弱さよりむしろ、溢れんばかりの前向きなエネルギーが感じ取れた。
「だからこそ、勇気を大切にしていきたいんです。」
田中の言う「勇気」とは、数多くの人々に支えてもらったことに対する「恩返し」を実現するための『決意表明』なのだ。
では、そんな田中のエネルギーと人柄にはいったいどんなルーツがあるのだろう。
親との不和、自己嫌悪の過去
田中には辛い過去があった。
中学・高校の間、5年間ずっと、母との関係が良くなかった。
反抗期と括ってしまうこともできるが、そんな一般論だけでは語れない。
家出を止める母に対して暴力をふるってしまったこともある。
家のモノに八つ当たりをしてしまったこともある。
とにかく親の言うことやることすべてが本当に嫌だ、といつも思っていた。
そしてなにより、自分が生きている実感を持てない自己嫌悪の日々・・・。
なぜ自分は生きているのか。
なんで生まれてきてしまったのだろうか。
自分には何も価値が無いのではないか。
そんな疑問が毎日毎日頭をよぎる。
何をしても心から笑顔が出ない。
もう死んでもいいかもしれないとすら思っていた。
それでも、母は自分に対して常に全力の愛情を注いでくれていた。
自分がどんなに無視をしたとしても、枕元に手紙をそっと置いてくれた。
常に家族のだれよりも明るく、挨拶を欠かさなかった。
父との関係が悪くなったときでも陰で支えて取り持ってくれていた。
「お母さんに悪いところがあったら直すから言ってね。」
「相談したいことがあったら何でも言っていいのよ。」
「るかは本当にすばらしいの。」
しかしそんな母の純粋な愛情に田中は愛情で応えてあげることができなかった。
むしろそのメッセージそのものが嫌で嫌で仕方がなかった。
そして遂には実家と縁を切ろうとまで思うに至り、東京に出てくることになった。
この決意がまさか母と自分の関係を大きく変えるとは、まだこの時気づく術もなかった。
人生を変えた会社
転機が訪れたのは他でもない。アチーブメントとの運命的な出会い。
田中が入社した2005年はアチーブメント初の新卒採用だった。
初め、新卒には営業コンサルタントとして荷が重いのではという社内の疑問の声もあったし、田中自身、新入社員として不安はとてつもなく大きかった。
飛び込みの営業で足が動かないことも何度もあった。
しかし、それでも「あなたならできる」と言い続けてくれる人がいた。
現大阪支社長の村田である。
名刺の渡し方から、挨拶、プレゼンテーションの仕方まで、
文字通りゼロからのスタートをずっと「親」のように支えてくれたのである。
そう、まさに親のように、だ。
前日の夜遅くまで仕事があろうとも、伝える技術を磨き・情熱を持って働けるようにと、
毎朝8時からプレゼンテーションの練習に誠心誠意付き合ってくれた。
入社2年目でもコンサルタントとして成果が落ち込み、泣きながら必死で営業を続けていたにもかかわらず、
やはり成果が出ないときがあった。本当に苦しかった。
もうだめなんじゃないかと、くやしさと無力感から公園でひとり泣きしたこともある。
しかし、どんなに心折れてあきらめそうになっても、村田マネジャーは違った。
「絶対あなたなら成果が出るから。とにかくやりなさい。」と言い続けてくれた。
自分が成功することを本人以上に望み、信頼してくれていたのだ。
今思い返すと、村田との関わりだけではない。
アチーブメントの想いが詰まったスタンダードコース。
青木社長との出会い。
熱心に面倒をみてくれた梅澤チーフや大高マネジャー。
「アチーブメントを日本一にする」と意気投合した同期の仲間。
そのような人々との関わりのなかで、アチーブメントという環境がなければ、
田中は挫折だけで終わっていたかもしれない。
しかし、アチーブメントで関わる人々から常に「3つのメッセージ」を受け取り続けていたからこそ、
現在やりがいと充実感に満ちた人生を送ることができている。
『あなたはできる』
『あなたには価値がある』
『あなたはあなたのままですばらしい』
これはまさに、母がずっと自分に送ってくれていたメッセージではないか!!
田中はアチーブメントに出会い、人生最大の気づきを得たのだった。
どれだけ自分が母に愛されてきたか。
でも自分がそれまで母の愛情に応えることが全くできていなかったこと。
本心で母親との良好な関係を望んでいることに気づいていなかったこと。
これこそ「恩返し」を身を呈して実現させていきたい・真剣に人を大切にしていきたいという田中の想いのルーツなのである。
今まで本当に数知れぬ支えがあったからこそ自分は今生きている。
今度は自分が支えとなる人間として活躍していきたい。
そう堅く田中は決意したのだ。
恩返しの行く先
青木社長はアチーブメントのさらなるステージとしてメッセージした。
「アチーブメントを人材教育で"世界最高峰"のコンサルティング会社にする」と。
それを受け田中はメッセージする。
「アチーブメントが世界最高峰のコンサルティング会社になるとき、私は"世界で最も"目の前の人を承認できる人間になる」と。
そのためにまず、
コンサルタントとして西日本エリアに選択理論・アチーブメントテクノロジーを普及させること。
経営管理本部として大阪支社を今後の支社拡大のモデルオフィスにすること。
上司も部下も立場は関係なく、関わるスタッフの自己実現を全力でアシストすること。
常にお客様の成功を共に創り出していくこと。
母に幸せになってもらうこと。
大切な人を幸せにすること。
アチーブメントというステージでこれから加速して活躍していく姿。
母を初め、関わる人々すべてにそんな自分を見せていきたい。
それが全員の幸せに繋がっていくと堅く信じているから。
田中の果てなく続く「恩返し」は、次々と形になって実現していく。
~田中るか~
パーソナルコンサルタント兼大阪支社経営管理本部
経歴
2005年4月 入社後、東京本社パーソナルコンサルタント配属
2008年6月 東京本社経営管理本部販売管理課へ異動
2008年2月 大阪支社経営管理本部へ異動
2009年10月 大阪支社人材教育コンサルティング部へ異動
2010年1月 コーポレートコンサルタントとして活動をしている
Special Thanks from るか
いつも共に走っている大阪支社のスタッフの方々、
一緒に世界を目指す東京本社のスタッフの方々、
そして、このISMを読んでいただいた方々。
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
この出会いがあなたの人生に少しでも価値あるものとなることを
私たちアチーブメントは心から願っています。
アチーブメント株式会社
2010年度内定者 平山 壮人




